life is crazy だけどamazing

A.B.C-ZとHey!Say!JUMPとTravisJapanのピンク

伝承者になるということ ABC座 ジャニーズ伝説2019

今年も10月がやってきて、ABC座が日生劇場にて行われた。

演目は「ジャニーズ伝説2019」

ジャニー喜多川さん構成・脚本・演出で2013年の初演、2014年の再演後、2017年からはより史実に近い形で公演を続けてきた、今回で8回目となるABC座の中でも大きな構成要素となる作品である。


今年はそんなジャニーズ伝説を上演するに相応しすぎる、というか今年上演せずしていつ、というほどに、幕が開く前からその価値は見出されたものだった。



2017年から、ジャニーズ事務所の最初のグループ、ジャニーズの結成から解散まで、特に渡米中を中心にジャニーズ事務所の流れを追い、A.B.C-Zによる歴代ジャニーズソングメドレー、というのが大まかな流れであった。


昨年のジャニーズ伝説2018では、ジャニー喜多川さんはこの作品を「嘘がない、完璧なストーリーだ」と評価し、
昨年はこの作品を経て「僕はA.B.C-Zのファンだ」とまで公言した。




2017年にジャニーズ伝説が帰ってきて、2018年も引き続き再演が決まって、「ジャニーさんの走馬灯を見てる」「多分今後いつかジャニーさん死ぬまでずっとこれなんじゃん?」
と好き放題言っていたが、その「いつか」はあまりにあっさりと訪れてしまった。









今年、昨年までと大きく変わった点として、「ジャニーさん役の存在」がある。
昨年まで私の推しである戸塚祥太さんが演じていたジャニーさん本人役は今年はなく、戸塚さんは「語り手戸塚」として登場した。

そもそもジャニーさんが手がける舞台作品の中で、ジャニーさんを「連想させる」キャラクターは多く存在したが、本人役が登場する作品は少ない。ジャニーズ伝説の中でも2013年の初演からいたのではなく、2017年から新しく登場した役であった。





当時を知るジャニーさんから事実が聞けぬまま、完全に実話として上演するべきではないし、どうしても大々的に「追悼公演」になってしまう今回、大きくジャニーさんの存在を主張することを、ご本人は望まないんじゃないか、
そんな考えで今年はジャニーさん役は無しになったという。

ジャニーさんの発言で展開していた部分は全てジャニーズ4人の発言に変わっていた。



確かに、形に違和感はなかったし、語り手の存在によってジャニーズの物語は一種の劇中劇のようで、その展開を一歩外から観たような感覚になった。




とはいえ、ジャニーさん役から語り手(劇中でのバリー・ディボーゾン役は続投)という役所に変わった戸塚さんは、完全に他の4人とは別世界の住人であった。

役とはいってもそれはやはり悲しくて、1人だけA.B.C-Zではないような感覚で、1幕の終わりで頭がぼんやりとしてしまった。




わたしが観劇したのは10月16日、幕が開いて1週間と少しが経ったときだった。
今年は出演者に変更があり、比較的舞台経験の浅いジャニーズJr.の出演もあってか、まだあまり、話の転換が洗練されていなかったような物足りなさを感じた。
(これは多分、私が2017.18と出演していたTravisJapanのファンであることも大きく関係していると思う)





それから公演が続き、ついに千秋楽を迎えた。
わたしは一度きりしか観劇ができなかったけれど、その時に感じたモヤモヤとした気分は大方晴れていた。





初日、KinKi Kids堂本剛さんによって作られ、おそらく今後ジャニーズの社歌的な存在になるであろう楽曲『You…』が初披露されたことや、そもそも話題性のありすぎる舞台であることで、ジャニーズ伝説2019は大きな注目を受けた。




数々の報道を見るうち、自らファンを公言していたジャニーさんは策士だな、と思った。
A.B.C-Zにジャニーズ伝説を演じさせる、ということ。すなわち自らの人生を彼らに再現させるということは、本人の死後、A.B.C-Zの中に「ジャニーズ」を宿らせる最大のご褒美であり、遺言だったのだ。

そして、A.B.C-Zに残されたそれは何よりも本人たちから痛いくらいに感じられたように思う。


ジャニーさんがA.B.C-Zに託した世界観、舞台上での輝き方、エンターテインメント観を、「ジャニーズの未来」であるジャニーズJr.に明確に示していた。


そしてYou…、先ほど「社歌的な存在になる』と書いたが、私にはこの曲が今後どのような立ち位置になるかはわからない。
そもそも、この曲を作った堂本剛さん、制作をお願いした河合くん、そして演出を手掛けた滝沢さんが今後どのような意図でこの楽曲を使用しようと考えていたのかが分からないので、なんとも言いようがない。
ただ1つだけ、私が実際にパフォーンスを見た感想としては、この作品は完全に「ジャニーさんとタレントの歌である」ということだった。

近年ジャニーさんの手がけた作品のほとんどに出演してきたA.B.C-Zのパフォーマンスは、本当に目の前にいるジャニーさんに向けて歌っているようで、その時だけは、そこは舞台上なのに、取材のカメラでも、観客でもなく、目線は常に「いつも通りにGC席に座っているジャニーさん」に向けられていた。
幕が空いてから2幕が終わるまで、常にどこかにジャニーさんが存在していた。A.B.C-Zの5人が意図してか無意識にかは分からないが、間違いなく「今ここにいるな」と感じたし、その「存在」をA.B.C-Zが愛おしそうに見つめているかのような、そんな光景だった。


2幕は前作と同じく全てショータイム。フォーリーブスからKing & Princeに至るジャニーズグループの楽曲のメドレー、そしてABC座メドレー、そしてYou…だった。
前作から変更されたのはえび座メドレーとYou…、そして使用曲が原曲になったこと(前回まではジャズアレンジ〉と、曲目だった。

自ら「ジャニーズ大好きジャニーズ」を公言する河合くんの選曲はなかなか秀逸だったように思う。

代表曲やデビュー曲を避けつつ、シングルやアルバムのリード曲、という枠からは外れない。
「ジャニオタをやったことがある人」なら絶対に楽しい選曲だった。

私は主にHey!Say!JUMPとNYCを通ってきたオタクなのでDreams come true(私が入った回は五関様が腕を左右に広げてひたすらバタバタ動かしていた)とユメタマゴはめちゃくちゃ楽しんで見ていた。
それ以外にも$10(愛にはお金がかかるはしちゃんえろすぎ)、気まぐれONE WAY BOY(プレゾンのふぉゆのイメージが強すぎて辰巳さんが頭の中でサクシースマイルしてた)等々、「そこくる!!???でも知ってる!!!!!(進研ゼミ)」となる曲が多かったのは、常々「ジャニーズのファンであるすべての人に見てもらいたい」「ジャニーズの始まりとこれからの物語」というコンセプトにぴったりだったと思った。

そしてABC座メドレー。
ネタバレをギリ回避して1週間程逃げ回っていたので、A.B.C-Zトンデモ機構軍、No. 1にして最恐のサーカスマシーン、5Starがお目見えした時に軽く泣いた。
5Starの存在は知っていたし、Jr.が乗っているところは見たことがあったが、意味のわからないスピードで回るそれを見て言葉を失った。(途中まで命綱なしだし。死ぬよ!!!!???)
5Starから降りて颯爽と歌い始めるのもヤバかった(ここへきて崩壊する日本語)サポーターズはやっぱり名曲。


一幕で自担の登場シーンの少なさからのショックで幕間にガチ泣きした(そして友人と周りの方々を困らせた)私だったが、二幕はそんな心配も全て晴れた。



戸塚さんはA.B.C-Zとして、ジャニーズの楽曲を歌っていた。それだけのことがとても嬉しかった。


A.B.C-Zがジャニーズの歴史を象徴するメドレーを、数々の会場で、華やかな演出で歌われてきたであろう名曲の数々を、セットのほとんどない日生劇場の舞台でジャニーズJr.と共に歌い、踊っている姿がとても美しかった。















2019年という年はジャニーズ史上決して忘れられることのない年になってしまった。
そんな2019年に、「ジャニーズ伝説」を上演する意義を考えさせられた。
公演中、ジャニーズJr.のアドリブシーンが多くあった。
もちろん上手くいかない時もあって、微妙な空気が流れたりもしていた。それでもA.B.C-Zの5人はアドリブを求め続けたし、後輩が回収しきれなくなったところは全て回収した。
舞台の上での楽しみ方は舞台の上でしか教えることができない。
それを明確に教えようとしているように感じた。







「誰が1番愛されていたか」とか「誰が1番押されていたか」とか、そういうことを言うつもりは毛頭ないが、
「ジャニーズのなんたらかを継承するのはA.B.C-Zだ」
という、ジャニーズ伝説2017を初めて観劇した時からぼんやりと考えていたことが、確信に変わった気がした。









私はA.B.C-Zが好きなので、良いようにとっているだけかもしれないけれど、
「後輩を育成する側に回ってしまうのではないか」
という不安が私にはあった。
後輩を育てるということは、必然的に自らは一歩後ろに引く、ということだと思っていた。
しかし私の勘違いだったようで、
A.B.C-Zは自分たちが舞台を第一線で楽しむことで、後輩にその「楽しさ」を教えようとしていた。














A.B.C-Zは、ジャニーズのエンターテイナーで間違いなかった。

思い出はいつもここから A.B.C-Z 5STARS FESTIVAL IN JOYPOLIS


たまたまジョイポリス来たらなんかコラボしてるんだけど!?!?
というツイートがTLに流れてきて、
A.B.C-Z 5STARS FESTIVAL IN JOYPOLIS」の存在が明らかになったのは
コラボ初日、7/16のことでした。











いやそんなことあるか????あるか???
あるんだなあ……あったんだなあ…A.B.C-Zトンデモ発表列伝……


東京、お台場にある室内型遊園地「東京ジョイポリス」でのA.B.C-Zコラボは昨年に続き2度目、アトラクションは前回コラボしていた「ハーフパイプトーキョー」「フォーチュンフォレフオ」「ワイルドリバーザ・トレジャーハント」(前回は同シリーズの「ワイルドジャングル ブラザーズ」)
に加え、「激音ライブコースター」の合計4アトラクション。

2年連続のコラボ、そして「ハーフパイプトーキョー」「激音ライブコースター」のジョイポリス二大アトラクションとの同時コラボはとても珍しいことらしいです。有難い。










と、言うことで

行っていましたジョイポリス!!




昨年に引き続き、もう入り口入った瞬間からA.B.C-Z。どこもかしこもA.B.C-Z


君たちと一緒なら、空だって飛べる - life is crazy だけどamazing
昨年の記事はこちら





ジェットコースターに乗りながらA.B.C-Zの楽曲で音ゲーできるなんて誰が想像した!!!??最高すぎない!!??


何が最高って、「激音ライブコースター」の音ゲー、まあまあ難しいんですよ。曲知ってないとまずできない。
一般のお客さんも多く訪れる夏休みシーズンにA.B.C-Zの楽曲で音ゲーさせてくれる世界があるなんて幸せすぎました。

並んでいるお客さんも、A.B.C-Z関係なく楽しそうで、「A.B.C-Zの曲知らないけどできるかなあー難しいかなあー」と言いながらワクワクした顔で列に並んでくださったり、A.B.C-Zに興味を持ってくださったり、とても暖かい空間でした。




そしてデジタルライブ
前年に引き続き、写真撮影は禁止なので写真はありませんが、時間近くになるとわらわらとどこからともなく集まってくるえび担。

大盛り上がりでお姉さんの前説を聞くえび担。

ライブが始まったらとりあえずDAN DAN Dance!! するえび担。





なんという幸せ


ジョイポリスさんのご厚意で、前年のデジタルライブの上映回を設けてくださったり、前説のお兄さんお姉さんがたくさんたくさんA.B.C-Zのことを勉強してくださったり。
デジタルライブだけでも幸せ。
とにかく空気が暖かい。



そしてコラボアトラクションのひとつ「ワイルドリバー ザ ・トレジャーハント」
前回は「河合くん、君は何も悪くないよ……ちゃんと運転したんだもんね、怖かったね」という気持ちになりましたが、今回はふみつかのせいだからな💢

たいそうかわいいけど1番疲れが出てるはしもとくん(通常運転)やっぱり基本的には重鎮ポジションの五関様(通常運転) 初めから完全に「やべえやつ」な戸塚さん(通常運転)引っ掻き回すだけ引っ掻き回して痛い目見てメンバーに諭される塚ちゃん(通常運転)調子に乗ってたら痛い目にあってめそめそぶりっこになる河合くん💢💢(通常運転)

ジョイポリスさんA.B.C-Zのこと分かりすぎ





そして3階にある「フレームカフェ」ではイベント期間中、前半と後半各3種類のフード、デザートメニューと、ドリンク2種が提供されています。
なんと、コラボメニューをひとつ注文するごとに、A.B.C-ZのCDジャケットが印刷されたスクエア缶バッジが付きます。
7種類(一種は完売したので現在は6種類です)から好きなものを選べます。すごい。




カフェ内はイベント仕様になっていて、パネルや机の装飾、壁にはポスターがずらり、モニターにはMVがリピート、という幸せすぎる空間が広がっていました。














A.B.C-Zが表紙のSODA 11月号で、「一度掴んだ縁を離さないグループ」という言葉があって、このコラボはほんとうにその通りだなあ、としみじみ思いました。

お互いビジネスだから、もちろん利益がどれだけ出るか、というのは大切なことですし、きっと昨年にそれなりの実績を残せたからこその今回なのだと思いますが、
結局はファンでないお客さんも同時期に呼び込まなければ意味がないわけで、前回、それがうまい具合にできたから、今回のコラボがあると思います。

A.B.C-Z東京ジョイポリスの関係性の良さはもちろん、
A.B.C-Zの「誰も置いていかない」楽しさ、というものには毎回とても感激します。

内輪ネタで終わりそうなところを、隅から隅まで全員に「ほら!!!おいで!楽しいよ!!」と手を差し伸べてくれるような、
それでいて決して押しが強すぎないような。


A.B.C-Zの作るエンターテイメントはほんとうに美しくて、楽しくて、優しいな、と心からかんじました。

また素敵なコラボがあるといいなあ…










さて、今回も素敵なコラボイベントを企画してくださった東京ジョイポリスさんには感謝しかないのですが、そんなイベントも来週10月14日で終了してしまいます。



2ヶ月以上もイベントを開催してくださって、本当に嬉しいです。







まだ三連休の予定が決まってないよ!!って方!!!!是非とも東京ジョイポリスで楽しくDAN DAN Dance!! はいかがでしょうか??

TravisJapanと過ごす2019年の夏


「TravisJapanにとっての夏」というのは、1年間で最も大切な時期であるとされることが多い。


アイドルのファンをするということは、そのアイドルの作る物語を見ていくことに例えられることが多いが、これはほとんど、というかほぼ全ての場合において、私たちはその物語の途中を見ることになる。
そして「その物語を見始めた時」がその人にとっての始まりとなり、それは多くの場合大切なエピソード1なのである。










さて、なぜ私が急におかしなことを言いだしたかといえば、私はTravisJapanのファンでいることに全く自信がないからである。
芸能界とは不安定な世界であって、ましてジャニーズJr.など、明日には「普通の人」になってしまう存在である。

私がTravisJapanのファンになって、2年目の夏が来た。
つまり私はTravisJapanとそのファンにとって、後に「あの夏」と称されるようになる夏の出来事を当事者として経験していないのである。

私は2年間、その季節を経験していないことを、なんとも思っていない風を装いつつも何か負い目のように感じてきた。
それはジャニーズJr.の体制の変化であったり、繰り返されるガイズ問題だったり、そういうところからくるもので、「今のTravisJapanが好き」であることは揺るがないはずなのに、何も知らない自分が辛かった。














と、「無知である」自分がこの割り切れなさの原因にあったと思ってきた。





















来たる8月8日、私はお金もないし、ジャニーズJr.全体に興味があるわけでもなく、いつも通り夏期講習もあるし、と申し込みもせず、配信も蹴った状態で、ただ流れてくるレポを見ていた。



終始何か楽しげな(?)雰囲気で進んでいたようだったし、やっぱりステージに立つTravisJapanは最高だと、レポだけ見て思うほど、この公演に対する想いは薄かった。

前半が終わり、MCになった。各グループ新たな仕事が発表されていくにつれて、なぜだか不安が募ってきた。

どこかしらのグループのデビュー発表があるとは思っていたし、どこかでそれがTravisJapanではいような気もしていた。

それでもやはり何かが怖くて、不安で、私はMCの途中でレポを見るのをやめた。
家族と他愛もない話をして、不安な気持ちをすっかり忘れて、ふとまたレポを見ると「同時デビュー」の文字。





何が起こっているのか分からなかった。

というか、分かりたくなかった。



SixTONESSnowManに対して、TravisJapanの勢いが劣っていることは、少クラでもYouTubeでも明らかだった。
しかし私はいつまでも3グループ横並びだと信じて疑わなかった。





「兄組」という括りは2018年の春を最後に無くなってしまっていたのだと、その時になってやっと自覚した。







Love-tuneの解散、退所後、私は兄組3ユニとして存在するTravisJapanをあまり好きになれていなかった。
他2グループとは圧倒的にキャリア差があって、どうしてもずっと「後輩感」が拭えなかった。








正直な話をすれば、SixTONESSnowManがデビューを決め、TravisJapanが今回デビューを逃したのは妥当であったと考える自分もいた。

それでも、私は彼らのパフォーマンスに劣るところはないと信じているし、なんなら歌も踊りも世界一だと信じている。
「私が大好きなものが、世間から認められていない」と感じて、
私が何をしたって仕方がないというのに、悔しさと不安で泣いた。





少しして、発表は該当2グループ以外にはサプライズであったと知った。

憤りが止まらなかった。
私の大好きな、誰よりも笑っていて欲しい人の悔し涙が見世物のように使われた、と思った。






しばらくしてSummer Paradise2019のTravisJapan公演が始まった。初日こそ心配で(あとセトリを把握したくて)レポを見たが、それ以降はネタバレを恐れて全くレポを見なかった。


発表から1日しか空いていないのに、レポを見る限り、初日から7人はずっと前だけを向いていた。
ブログでは度々「自分たちの足りないところ」について言及した。

足りないところを見つめ直す姿勢は必要だけど、本人たちがそれをしている今、ファンはとにかく、本人たちを認めなければならないと思ったし、認めたかった。

地獄の部活の合宿を終えた翌日、この夏最初で最後のTravisJapanのコンサートに行った。

7人揃ったTravisJapanを見るのは昨年のSummer Paradiseぶりだった。
歌って踊る七五三掛くんを見るのも一年ぶりだった。

慣れないデジチケ発券というこれまた地獄によって導かれた席は3バル最後列最下手。
メインステージは機材の死角で7割型見えず、スクリーンも半分以上見えず、バックステージに来た時以外はほとんど何も見えなかった。

それでも「楽しかった」と言って一緒に入ってくれた友人に向ける顔もなかった。




正直納得がいかなかった。なぜ一度しか入れない自分がこんな席に当たらなくてはいけないのか、3回も4回も入るうちの1回くらい、見切れでもいいのに、1分の1、でこの席なのか。

問題は己の運のなさなのに、もはや全てのことに怒りが湧いた。










東京ドームを経て、メンバーが「数字」について言及することが目に見えて増えた。
私にはあまり自由に使えるお金がないので、うちわをたくさん買ったりすることはできない。
YouTubeを回すことならできるし、
ジャニーズJr.チャンネルに参加しているユニットにとって、YouTubeの再生回数は端的に数字で評価される大きな要素となる。

家にいる間はなるべくYouTubeを回そう、
再生リストを作っておこう、
割とたくさん努力した。



しかし、いろいろなことが煮え切らない私に、また問題が出てきた。




「虎者 特報」が全く好きになれない

これは大問題である。

今1番たくさん回さなければならない動画が、全く好きになれない。
むしろ社長との間に解釈違いを起こしていることが痛いほどわかってしまう。



ふたたび「私の好きなTravisJapan」が評価されていないことへの怒りと悔しさが湧いて、
意味もなく涙が溢れた。








そんなこんなで私があまり虎者のMVに期待が持てないまま、ファンの皆様の頑張りで特報が100万回再生を達成し、Summer Paradiseが幕を閉じた。




Summer Paradiseが終わると同時に、TravisJapanと過ごす私の2019年の夏も終わった。





TravisJapanのファンと過ごす夏として、初めて私はTravisJapanに関して不安を感じ、泣き、怒った。



今でも今後のTravisJapanの活動について、私には不安しかない。
TravisJapanはずっと7人でいてくれる、と信じているけど、確信が欲しくなってしまう。













TravisJapanのファンとして、私は1番辛い夏を過ごした。

しかし、同時に何かが吹っ切れた感じがした。

私がずっと感じていた「TravisJapanのファンをする」ことに対する不安は
この夏、TravisJapanに対して激しく感情を動かしたことで気がついたら解けていった。





















私がTravisJapanのファンでいたいと思っているのは、今のTravisJapanが好きだから。TravisJapanに今笑っていて欲しいから。


それを思い出させてもらった夏になりました。






素敵な夏をありがとう。TravisJapan。

新しい風と、A.B.C-Z

2019年8月19日(月)、名古屋国際会議場センチュリーホールで行われた、A.B.C-Zのコンサートツアー「Going with Zephyr」名古屋公演に参加してきました。





あれ?と思う方がいらっしゃるかはわからないのですが、私は東京に住んでいて、名古屋は生活圏ではない。公演は夜公演 のみ。参加するなら泊まりになってしまう。
そんななか最有力候補だった幕張公演は全て合宿と被り、やむなく遠征を決意しました。









「Going with Zephyr」というタイトルのように、割と強めの風が吹くなか、私は名古屋国際会議場に到着し、未だに慣れないデジチケを発券し、二階席だったことに少し落胆しながら(後に大正解だったと思うことになるが)席に着きました。



席は二階席の真ん中あたりで、ステージ上なら死角はなく、全てを見られる素敵なお席でした。
コンサートタイトルにかけてか、開演15分前くらいからはアルバム音源のカラオケではなく、風の音などが流れ、(そよ風と言うよりは暴風だったけど)ワクワク感が強い感じでした。15分前は早すぎだろ、と思うけど笑



オープニング
今回はオープニング映像はなく、ライティングとイントロのみ、イーゼルに立ったフォトアルバム(リンネのMVに出てくるやつかな?)が登場し、その後5人が登場。つよい。初っ端から強すぎてだめ(今後ずっとこの調子です)



Welcome to the Night
コンサート始まって一発目の歌詞が戸塚さんの「単調な毎日にもう飽きたでしょ?」なコンサートが最高じゃないわけがなくない??超個人的な話をすれば、戸塚さんのビジュアルが大勝利だったので小さくガッツポーズしました。
五関様の眼帯もヤバかった(ヤバかった)五関様、眼帯で片目見えないまま何曲か踊るんですよ…人間……???



Crush On You
はい好きー!
Crush On You、さすがリード曲になっているだけあって、今回のセット、照明、衣装全てにぴったりだった。
テレビで見てたより55555倍妖艶だった。この時点で脳が機能しなくなってきてた。



Moonlight walker
ここにきてMw!!!今回のアルバムを聞いていて、あまりにも新鮮だったのでA.B.C-Zってこのアルバム以外に今回の雰囲気に合う曲あったっけな…リリホワとVanilla(みんな大好きVanilla)以外に思いつかんぞ…?と思っていたのですがMw!!!!忘れてた!!!
ジャケットを着て踊るA.B.C-Zって、やっぱりとても良いよね。
河合くんが途中でハット投げたのがかっこよかったです(語彙)河合くん、はじめ2曲でハットをかぶっててあんまりお顔が見えなかったんですけど、ハット脱いだらいつものように美人さんで一瞬クラってきた。



Fantastic Ride
いや天才??A.B.C-Zは天才なの?(天才だよ)よくよく考えたらオタクの間でFRがバズったのが割と今回のアルバムに繋がったんじゃないか??と思ってるんですよ。FR本当に好き。大好き。



JOYしたいキモチ
安心感。ひたすらに安心感。って感じだった。みんなで声を出せる曲を、良い具合に会場が温まってきたところで持ってきたの最高に良いと思った。
JOYしたいキモチの歌詞がとても好きなので歌ってくれて嬉しい(アルバム収録曲だからそりゃ歌う)



Saw me tight
ここからの流れの三曲がとにかく好き。Saw me tightは橋本くんが女性、4人が男性、という視点で描かれていると解釈されることが多いし、私もそう考えています。橋本くんがベッドの上で、終始微笑みながら歌い、ハモりで入る4人がそれぞれ、河合くんは逆サイドに置かれたベッド、戸塚さんは鏡の前、五関様は1人がけソファの上、塚田僚一さん(塚ちゃんって呼べないアワード1位)は赤いドレスのマネキンと歌う。
名古屋だけかもしれませんが、途中で河合くんがベッドに仰向けになったときの美しさが大爆発していました。あと戸塚さんに鏡を与えたの天才。



Want You Back
Saw me tightのあと、塚田僚一さん(だから呼び方)の近くにあった赤いドレスのマネキンが舞台中央に移動し、メンバーも全員メインステージ上に移動してきます。2曲のつながりがあるみたいでとても良かった。映像を使って女性のシルエットと踊る(苦悩系)のもとても素敵でした。



Move that body
これすっっっっごい好きだった!!
とてもエンターテイメント性の高いパフォーマンスだったなあー!!と思います。前の2曲は歌詞の意味を大事にしたパフォーマンスづくりをしていたのに対して、この曲は音遊びがすごかった。この曲のパフォーマンスについてだけで語りまくれるくらい好きでした。



へそのお
ジュークボックスコーナー。戸塚さん出身地ということで戸塚さんによるキーボード弾き語り、からの本家塚田さんの歌唱。戸塚田爆発しすぎてしんどい
戸塚さんのキーボードも良かった。1ヶ月みっちり練習したとのことで、でも割と余裕はなさそうで()塚ちゃんが何度かとっつーの方見て歌うのにキーボード見るのに夢中で全く気がついてなくて流石の戸塚田でした。



Crazy Accel
はじめの「クレイジーアークセェーール」は河合(橋本、五関談)
3人で歌割りから何から決めたらしく、ユニット曲として新しくて懐かしくて楽しかった。
歌う人が変わるだけでこんなに雰囲気違うんだなー!と感激しました。



Twinkle Twinkle A.B.C-Z
SPACETRAVELERS
Reboot!!!
Za ABC〜5stars〜

メドレー形式(?)で畳み掛ける感じ!!カッコいいー!!とかそういうところから急に知ってるやつきた!!!!となってまたテンション爆上がりするやつ。今回のコンサートはアルバムコンセプトからしていつもと違うのでずーーーっと「はじめましてのA.B.C-Z」だと疲れるものですが、たまに挟み込んでくるやつが優しいし楽しいしタイミングがバッチリ。
ここは盛大に踊って、声を出してって騒げました。



ボクラ〜LOVE&PEACE
まず衣装が素敵。シンプルなデザインのノースリーブに、白地にメンバーカラーの汚しが入ったようなズボン。そしてアクロバティックな新体操。
A.B.C-Zの新しい風を吹かせる」をテーマに、曲調を今までとはガラリと変えて見せてきて、結成11年を迎えようとしているA.B.C-Zだけど、アクロバットという部分は変えない、という意思を見た気がした。
変えないどころか、これからまた更に進化していきそうで、もちろん怪我をしないかな、とかドキドキしてしまう部分はあるけど、本人たちの強みだと個人的に思っている部分をきちんと大切にしてくれているのが嬉しかった。



DAN DAN Dance!!
まだジョイポリスへ行けてないので始めてフルで聴けました。楽しい!!この曲楽しい!!!!みんな買ったほうがいいよ!!ほら!!予約予約!9月25日発売だよ!!!!東京ジョイポリスで予約するとポスターもらえるよ!!!!早く早く!!!
そしてみんな東京ジョイポリスに急げ!!!!私も早くいきたいよ!!楽しみ!!!



Chance to Change
冒頭ソロで踊る五関様、リンネの衣装のストラップ??がカシャカシャ鳴ってる音がなんか良かった(なんか良かった)
Chance to Change に日々救われているのでなんだかグッッッときました。橋本くんのラストのソロ中にセットのスタンドを舞台上からはけてるのめちゃめちゃプロだった。さすが兄ず。



夜明けのガンスリンガー
この曲をコンサートで聞くのがすごく楽しみだったので聴けて本当に嬉しい!!!映像がとても豪華で、でもそれに負けないパフォーマンスが素敵でした。映像と本人のバランスがとても良い。そして歌が上手い!!!
曲調としてもとても難しい曲だと思うので、それを不安なくサラッと歌いこなすのは本当にすごいなあと感激しました。



リンネ
オタクが大好きなやつきた
アルバム詳細出た時からコンサートで見て今に至るまでこの曲、「オタクが大好きなやつじゃないですかー!!!」以外の感想が見当たらない。エモいやつ。ミュージックビデオをバックで流すのしんどかった。Chance to Changeからリンネまでもストーリー性を持たせた感じがしました。
10年続けてくれてありがとう大感謝パート。
個人的には「五つ星〜」のところの振り付けが大好きで若干意識飛んでたけどここだけは思い出してしっかり目に焼き付けた。



Shake it! Like it !
この曲大好きだけど何年か前のアルバム曲落ちしてカップリングになったみたいな話を聞いたので正直コンサートで聞くことはないかなー、と思っていたんですけども、まさかのペンラ演出曲!びっくり!大好き!!
リンネでエモエモになったところで、「さてみなさん一度ペンライトを消していただいて〜」ってくるの最高じゃないですか??
昨年のLBTでも結成10周年エモエモメドレーからの好きなんだをぶっこんだA.B.C-Zですが、これが「雰囲気ぶち壊しだよ!サイテー!!」ってのではなく、どのコンサートでも後味「楽しかった!!」で終われるようにする工夫なのかな、と思ってるし、実際私はそう感じました。



SHOWTIME
黄原くん久しぶり〜!って気分で見てたら桃井ちゃんが可愛すぎて死んだ(死ぬな)たった一度のドラマかもしれない、それでも大切にしてくれるA.B.C-Z、優しいなあ。そしてそんなに踊る?まだ踊る?ってくらいSHOWTIMEガシガシ踊るもんだからスクリーンの桃井ちゃん見たいのに踊ってるA.B.C-Zも最高すぎてどうしていいかわからなかったよ!天才!(尽きてきた文章力)



Man and Woman
やっぱりふざけないといけないA.B.C-Z最高だな
リカちゃんの立ち居振る舞いが堂々としていて、だからこんなおふざけコーナーでも見ていられるんだなあ、と気がつきました。誰かの照れが入った時点でこういうコーナーは見苦しくなるので。
あと振り付け指導なかったけど一緒に踊るの楽しかったー!振り付け指導なかったけど!!!
最後に一つだけ言わせてください。祥子ちゃんは無駄美人だから動かしちゃいけない。



Black Sugar
Black Sugarがきっかけで作られたと言っても過言ではないA.B.C-Zの色気、ここへきてこの曲への解釈も変えてきたかな?と思ったのですがいかがでしょう?
印象に残っているのは歌唱前に流れた映像。あそこの戸塚さん銀髪っぽかったよね??銀髪美しすぎたので一度やってほしい。見たら死ぬけど。
あと衣装が好き。赤いスニーカーまで含めてとってもカッコよかったのでどこかでまた着てほしい。強いんだけど強すぎないデザインだった気がしました。



Sweet Addiction
えっっろ
いや、露出とかそういうんじゃなくてえろい。A.B.C-Z、なんでも脱げばいい時代を経て「脱がないエロ」の天才になった感がすごい。振り付け誰?????えっ!五関様!!!人間????これ振り付けた五関様本当に人間?????(人間です)



幸あれ
曲自体の感想になってしまいますが、この曲は本当にA.B.C-Zそのものだなあ、と感じることが多いです。「どんな姿の自分だって誇っていいんだよ」と言ってくれるような、A.B.C-Zがくれる多幸感って結局これなんですよね。
この曲はさらにメンバーに向けた歌詞のようでもあって、多分聴いている人によっても解釈がたくさんありそうだな、と思うんですけど、とにかく優しい。こんなに優しくしてくれていいの?って思ってしまうけど、それに対してさえも肯定してくれるように思えます。
コンサートでは5人がしっかりと歌い上げていたのが印象的でした。歌詞をきちんと届けてくれたのが嬉しかった。



FORTUNE
え???まだ踊る???まだ踊るのこの人たち??大丈夫???って曲。リンネ→シェキラキと同じく、幸あれをエンディングソングに設定してしみじみ終わることだってできるのに、本編最後の最後でアップテンポなダンスナンバーを持ってくる。
リンネの製作ドキュメンタリーで五関様も言っていたけど、「俺らはもう前へ進んでるよ」って言うそのものだったように感じました。



Walking on Clouds
Take a"5"Train
終電を超えて〜ChristmasNight(アンコール)

今回のコンサートはホールだったこともあり、あまり客席降りがなく、二階席だったので当然一度も近くへは来なかったのですが、私の席は二階席の後ブロック最前列で、目の前の通路にお立ち台が設置され…誰が来るんだろう…とドキドキしていたら戸塚さんと五関様がいらっしゃってパニックになっていたのでアンコールの記憶がありません。とりあえず、ウォキクラもT5Tも終電もとっても楽しかったです。(さよなら文章力)






ノンストップでごちゃごちゃ書き進めてまいりましたが、いやー!本当に楽しかった!!!!びっくり!!

部活だったりトラジャ(サマパラが3バル最下手最後列だった。わりと辛かった。)だったり暑さだったりで割とモヤモヤしてたんですけど、久しぶりに何にも考えずに「楽しー!!!!」って言えるコンサートに行けました。



コンサート本編終了後に舞台上に残されたフラッグ、あまりよく見えなかったけど新体操のときのズボンと同じような感じの生地っぽかったかな?
はじめに5人の歴史が詰まったフォトアルバムが置いてあったところに、終わりで「通過点」「到達点」を意味するフラッグが置いてある、というのはとても素敵だなあと思いました。
たった1公演の名古屋公演だったけど、「ここにいたよ」という証を残して、またA.B.C-Zは旅を続けていくのだ、と思いました。
私もその旅路をいつまでも見ていたいし、おこがましいことではありますがA.B.C-Zの進む道の景色の小さな小さな1部でいたいと思いました。

A.B.C-Zは、強くて、優しくて、とってもかっこいい存在です。
その姿を守っていくことはそれだけでもとても大変なことなのに、まだまだ「未来」を見ているA.B.C-Zが頼もしくて、ただ1回のコンサートではあるけれど、高校生の私にとってはとても貴重な1回であるわけで、
公演期間の短い中で、体力的にもギリギリなセットリストにも関わらず、1公演1公演を大切に全うしてくれるのがとても嬉しかったです。





ありがとう。A.B.C-Z

#アイドル短歌 七五三掛龍也さんのお誕生日に寄せて

 

自担、七五三掛龍也さんの24歳のお誕生日なので、自己満足で短歌を24首作りました。

Twitterの再掲も含みます。

 

あくまで自己満足なので異論は認めます

 

 

 

賞味期限切れの気持ちを処分して 軽い体でステップを踏め

 

音階を変えるためにはステップを踏めばいいんだ。楽譜の外で

 

 

 

僕の羽根 落ちてるところを見なかった? 天使の掟を破ってしまった。

 

天使でも ハンドクリームくらい塗る 君の瞼にそっとくちづけ

 

高温とあわ立てすぎで分離する。 だから冷たく、優しくしてよ。

 

「睫毛には夢が乗ってる」沈みかけ月に口づけAM3:00

 

 

 

水流に溶かされるほど弱くない。侵食されて丸くなるだけ

 

いつからか 星型のもの集めてる 過去は振り返らない主義です。

 

星空を手に入れることはできなくて、星を作るなら簡単なこと

 

触ったら壊れてしまうものばかり 集めてしまって 手放せません。

 

自撮りには 得意な角度がありますが、越えてくるのがアイドルなので。

 

寝起きでも ただ美しく、傷もない。おとぎ話の王子さまには

 

緊急用ボタンを作りすぎたから たまには使ってみることにした

 

ブレザーが窮屈だったときのこと 足場のさらに下にあるもの

 

 

 

眠れない夜にはホットミルクより いっそ大きなパフェが食べたい

 

かき氷 シロップの色に味はない。それなら全部ピンクでいいね?

 

「【可愛いは作れる】ここは暗記して 蛍光ペンで線引いといて」

 

 

 

お互いの気持ちがわかるなんてこと ただの一度もなかった だけど。

 

 

 

「きょうのしめ かわいいじゃん」「うん。分かってる。」コーラとパフェを待ってるあいだ。

 

 

 

紫陽花の花は花ではないらしく 綺麗ならまあそれでいいよね

 

 

 

おひめさまにはおうじさまが必要で おとぎ話はうまくできてる

 

 

 

「かわいい」を己の武器に出来ること 自撮りと小顔ローラーのおかげ

 

 

 

「愛」という超普遍的テーマとか 掲げてみたら? 大事なものよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来年の今日もし傘をさしたなら 僕の右肩また濡らしてよ

 

 

 

~ビーバッパルーラ!~舞台BACKBEAT感想

遡ること1週間、6/7に池袋の東京芸術劇場プレイハウスにて公演されていた舞台「BACKBEAT」を観劇しました。




私の自担、A.B.C-Z戸塚祥太さんが主演を務める作品。

毎年恒例、春の戸塚さん主演舞台の2019バージョンだという軽い気持ちで見に行きました。
とはいえ私は戸塚さんのストレートプレイはこれが初めて。少し緊張しながら観ました。

以下、ネタバレを含みます。































•ストーリーについて

舞台は1960年のイギリス、リバプールとドイツ、ハンブルク
レコードデビュー前のビートルズと、当時ベースを担当していたスチュアート・サトクリフ(戸塚さん)、そしてスチュアートと恋仲となるアストリッドのお話。

私は恥ずかしながらビートルズに関する知識はゼロに等しかったのですが、そんな私でも楽しめるくらい、メンバー間の関係性は表現されていたかな、と思います。


原作映画を見ていないので今度絶対見る。






•演奏について

生演奏ということは聞いていましたが、とても迫力があってすごかった(語彙力)

辰巳くんと戸塚さんがそれぞれギター、ベース未経験なことは知っていましたが、それ以外の出演者の方は楽器のプロをキャスティングしていると思っていたので、初心者だったり、ポールに合わせて利き手と逆の手で演奏したりしていたと聞いてたまげた。
それくらい息のあった演奏だったし、良い意味で綺麗すぎず、18歳の5人の荒削り感が出ていた気がします。

30代の俳優さんが18歳の役を演じるというのは映画やテレビドラマでは稀ですが、舞台の醍醐味だなあと個人的には感じていて、それでもやはり一回り年下の役というのは「おお、、厳しいな、、、」となることも多いのですが、今回はとてもすんなり受け入れることができました。
演奏だけがその要因とは言いませんが、一役買っていたことは間違いないでしょう。

5人が楽器を持ったときに感じられるエネルギーがとても強くて引き込まれた。
前述した通り私はビートルズに疎かったのですが、そんな私でもわかる曲があったり、同じ曲をアレンジを変更して何度か演奏したりしていたので、温度感に取り残されることなく楽しむことができました。




•所感
まだあまり考えをまとめられていないところもあり、そのまま「所感」です。


演奏についてのところでも書いたけど、「18歳の少年5人」の不安定感がとても美しく映った。それぞれにやってることがめちゃくちゃで、でも音楽が好きだ!とか芸術が好きだ!という気持ちがちゃんとあって。
「俺が一番」「俺が正しい」と全員が過信しているからこそのギスギス感。
芸術において、残念なことに才能というものはとても大きく作用する。それに気がつき始める頃だと思う。スチュには絵の才能があり、その才能は潰すのは勿体無さすぎること、ジョンにはやはり求心力があって、「リーダーなんかは決めていないけど気がついたらリーダーにされてる」こと、そしてピートのドラム技術があるずば抜けていること。
芸術家にはその才能を発掘されずに生涯を送る者もあるが、スチュやジョンの場合はそうではない。持てるものの大きさに本人が追いつけていないような、そんな歪さを感じました。


次にスチュアートとジョンについて、
オタクの語彙力で簡潔に説明するならば、ジョンは絶対にスチュの全肯定タイプの強火オタク。
ただしオタクとアイドルのそれと圧倒的に違うのは(オタクと比較するなよ)、スチュもまたジョンに全権の信頼を置いていることだと思います。
ジョンはスチュの何もかもが大好きで、憧れで、とんでもない才能を持つスチュのことが大切だけど、絵画の道へスチュが進めばもうジョンの元に引き止めてはおけないわけで、
海辺のシーンでようやく決心がついたんだと思ったし、海辺のシーンはとても清々しかった。

そしてスチュアートとアストリッド
2人が出会ったくらいの時点ではアストリッドがとにかく魔性の女だーー( ;∀;)と思ったし、クラウスのことが可哀想で可哀想で仕方なかったけど、最終的に2人の間には確実に愛があった。
個人的な見解だけど、スチュアートに、ハンブルクに来てからビートルズとしての活動を続けたいと思わせたのも、画家としての道を歩みたいと思わせたのもどちらのアストリッドであるということがとても面白いと思いました。
スチュアートはアストリッドに対してLove Me Tenderを歌います。それがアストリッドに対する告白なのです。芸術とは自己表現の一種なので、スチュアートは自らの表現方法を2つ持っているにもかかわらず、音楽を選択した。
スチュアートの中に占める音楽の割合、ビートルズの割合、ジョンの割合ってどれくらいだったんだろうか、と気になるシーンでもありました。


最後に、これは作品の内容とは関係なく、スチュアートを宿らせた戸塚さんがとても楽しそうに見えた。
スチュアートはベースを弾いているときは基本後ろを向いて、サングラスをしてカッコつけていて、ずっと鏡見てるし、私としてはムカつくし、そもそも演奏もレコーディングもすっぽかすとか何やってんだよこいつ💢💢と戸塚担のくせにスチュに怒り散らかしてピートに担降り()しようかと思ったくらいなんですけど、
海辺のシーンで全て帳消しになった。あの面倒な感じ、役者と役を重ねて良いかどうかは賛否色々だと思うんですけど、私の好きな、戸塚さんの"面倒な"思考回路か見られた気がして、結果的に大好きです。(チョロオタかよ)

















と、ここまで探り探り(たまにふざけつつ)書いてきましたが、書いてくうちに整理できるかなーと思っていた感想が全く整理できませんでした。
今回もとっちらかって申し訳ないです。



ビートルズについてもう少し勉強して出直したいと思います。


















千秋楽までカンパニーの皆さんが無事に走りきれるよう、幸運を祈っています。

「パスタヴェルディとロールプッチーニ」良い子はみんなご褒美がもらえる

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現在、赤坂ACTシアターで公演中の舞台

「良い子はみんなご褒美がもらえる」に行ってきました。

 

なぜかチケットが爆当たりしたので、4月30日と5月1日の計2回。

なんと平成最後と令和最初の橋本くん。当方戸塚担だけどいいのか。いいのか!?

 

2回言ったくせに、あらすじをほとんど忘れたのでホームページより

舞台はソビエトと思われる独裁国家の精神病院の一室。
誹謗罪でつかまった政治犯の男(アレクサンドル・イワノフ)と、自分はオーケストラを連れているという妄想に囚われた男(アレクサンドル・イワノフ)。
全く異なる状況、立場で同じ精神病院へ送り込まれた二人。
社会から完全にはみ出している人間を、社会はどう扱うのか…?

(「良い子はみんなご褒美がもらえる」公式ホームページより)

 

全体の構造として、イワノフはラジオでいうホスト役、アレクサンドルはゲストだった。そうすることでイワノフの生い立ちに一切説明がないことも納得がいった。

 

観劇直後に書いた自分のメモを見てもとても時系列に沿ってかけなさそうなので、キャラクターごとに分けて考察しようと思います。

盛大なネタバレを含みます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      イワノフについて、

生い立ちに関しては全く触れられていなかったけど、育ち方に不足はなさそうだった。圧倒的に思慮がないけど。「初めてのピアノの先生の話とか!」というところとか特に。

そのピアノの先生の時点で架空の可能性はあるけどね…

物語全体を見れば確実にイワノフだけがハッピーエンドなのかな?というかイワノフは基本ずーっとハッピーそうに見えたし、それは孤独だから(=オーケストラがいる、しかしオーケストラは見えない)なのかな、とも。はしちゃんは本当に【孤独な人間の狂気】を演じるのが上手。

イワノフがアレクサンドルに、オーケストラが聞こえるか、と尋ねるシーン(2回目)は狂気だった。完全に「自分のコントロールができてない人」だったし、そのあとアレクサンドルに「あいつら(オーケストラ)僕のいうことを聞かないんだ」というところからもそうだと思う。イワノフが自分の意図していないオーケストラの演奏を聴くことであんな風に暴力的になるとしたら、精神科医の診断になんの間違いもない。

橋本くん自身は「イワノフは普通の人間なのではないか」と言っているし、実はホームページにも、「狂人である」とは書いていなかったことに観劇後に気がついた。

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公式ホームページより

 

作品のイントロダクションにある「想像する自由」を担う存在がイワノフであると思うのだが、そこについてあまりしっくりこなかったので考えてみた。

「誰もが音楽家である」という思想と、"音楽"という芸術論を展開することは一種「危険である」とみなされ得るところであるとも言える。

 

 

 続いてアレクサンドルについて、

アレクサンドルのセリフ「今やロシアは宇宙工学と白鳥の湖がお得意の国」というもの、宇宙(天文)工学(幾何学白鳥の湖(芸術?音楽)の象徴であろうか、その後にあるユークリッドの法則然り、サーシャの学ぶ幾何学然り、全ては「1+1は絶対に2」に繋がるところであるように思えた。

パンフレットによるとトム・ストッパードがアンドレ・プレヴィンとの共作を決めた際に「トライアングルとユークリッドの定理」はもう出ていたらしい。なるほど。

物語の終わり、イワノフに導かれてアレクサンドルが指揮棒を握る。そこで初めて操った"アレクサンドルのオーケストラ"が演奏したものこそ、「良い子はみんなご褒美がもらえる(英語音名でE.G.B.D.F、イタリア語ではミ、ソ、シ、レ、ファ)。これをアレクサンドルが「良い子」になった、と捉えるべきか、「ご褒美をもらった」と考えるべきか、とても戸惑った点である。無事(?)釈放されることは、アレクサンドルが自らの思想を間違ったものであった、と認めること(=良い子になること)であり、彼自身が望んだ結末ではない。

アレクサンドルがハンストの末息絶えたのか、それとも国家の圧力に従う道を選んだのか、どちらにせよアレクサンドルにハッピーエンドが見出せなくて辛いオタク。むむ。

そしてアレクサンドルが読んでいる小説、「戦争と平和」。本当はこの本を読んでから考察したいくらいなんだけど、1000ページ超の作品を読む勇気は私にはなかった…というか「戦争と平和を読む」と言う行為自体が普通じゃない、とも受け取れる。というか精神科医的には「戦争と平和」はセーフなんだ…

とにかく、作品中ほぼずっと、アレクサンドルは本を、イワノフはトライアングルを手に持っている。文学と音楽は2人がそれぞれに自己表現するためのアイテムであり、2人のアレクサンドル・イワノフのアイデンティティとして存在していたことは間違いないだろう。

 

 

   サーシャについて、

サーシャは「オーケストラに入りたくない」という。サーシャの名前もまた「アレクサンドル・イワノフ」らしい。ややこしい。

サーシャが何より望んでいることはアレクサンドルの解放であり、オーケストラに入ってトライアングルを叩く(=社会体制に順応する)ことをも厭わないのだろう。サーシャは劇中で「パパ、言うこと聴いて、勇気出して嘘ついて」などと歌う。ここをセリフにせずに歌にしたところに、サーシャの気のためらいを感じた。

サーシャは父親に帰ってきてほしい、と思っているし、そのためならば嘘をついてほしいと思っている。一方でそれが父の人生においては「敗北の瞬間」である、ということもきちんと知っている。うう、サーシャ😭😭

アレクサンドル・イワノフの息子がアレクサンドル・イワノフであるということが、サーシャの存在を際立たせている気がする。私たちはサーシャが3人目のアレクサンドル・イワノフであるということを知るまでに2人のアレクサンドル・イワノフを十分に見ている。だからか、サーシャを2人のアレクサンドル・イワノフに当てはめてしまいたくなる。

サーシャはオーケストラでトライアングルを叩く=社会に従って生きている、一方で作中で唯一「歌」という表現を使う。歌とは"音楽(イワノフの自己表現方法)"であり、"詩(アレクサンドルがサーシャに贈ったもの)"であることも、またこのような解釈に繋げられる。

 

 

 

   教師

教師は国家体制に絶対に楯突かない、言うなればアレクサンドルの対極にいる人物。「昔は恐ろしい時代があった」と語り、サーシャを国家体制に沿って成長させようとする。意志がしっかりとしている女性ではあるし、考えの柔軟性もまるでないけど、意地悪じゃない。サーシャが医師に声を荒げるシーンでは、サーシャのことを思う優しさを持っていたように思えた。

教師はサーシャにツルゲーネフ「父と子」を読ませようとする。(結果的に幾何学の本だったけど)恥ずかしながらこちらも読んだことがないのでネット検索でざっとあらすじだけをさらった。流石に無慈悲とも取れてしまうような教師の行動。

私たちは昔から、先生に褒められることは最大のご褒美だった。

それは誰でも変わらないだろう。

教師とは、社会経験の少ない子供の小さな社会の中で絶対的な存在である。

 

 

     医師

この戯曲の面白いところは、「医師がバイオリニストである」というところだと思う。イワノフの世界外でのオーケストラとは社会主義体制の象徴である、ということは先の教師のセリフによって明確にされる。

医師は大佐という指揮者に操られた演奏者だ。

私は精神科医の仕事を詳しく知っているわけではないが、「治療は野蛮なものでした」と言われれば確かに、とは思う。しかし、イワノフの治療はさておき、実質的にはアレクサンドルの治療は絶対に精神科医の仕事ではない。

しかし、国家としては、国家反逆という大義名分をつけた上で本当に危険な思想とみなせば矯正しなければならない。本当ならアレクサンドルは30ヶ月などというものではなく、少なくともあと6ヶ月は特別精神病院にいてもおかしくない状態なので、一般精神病院では手に負えない。もっとも、アレクサンドルの"病気"を治すことなど、根本的に不可能ではあるが。

それでも医師は、大佐の指令を守るために(=指揮者の指揮通りに演奏するために)、現代の感覚で言えば"正常"な人間、アレクサンドルの治療という無理難題に躍起になる。その姿はとても滑稽だったし、結果として医師の頑張りは徒労に終わる。

 

 

 

      大佐

大佐の登場シーンはどうしても笑ってしまう。

大佐=国家くらいの概念で私は考えている。「アレクサンドルをハンストで死なせてはいけない」というのが大佐の見解である。「死なせるくらいなら釈放した方が良い」と。

大佐の勘違いは本当に勘違いだったのか?というのが疑問だ。

 

私は、「大佐は最初から勘違いをするつもりであった」のではないかと思っている。

アレクサンドルを釈放するにあたって、ただでアレクサンドルを釈放することは、「国家が正常な人間を精神病院に入れた」ことを認めることになる。そこで「あーごっめーん!同姓同名の人と間違えちゃった(テヘっ)」な感じで釈放してしまうつもりだったのでは、と。

イワノフ自身は国家に反抗する気がないので「反逆罪は良くない、と思っているフリ」をすることができる。

アレクサンドルは実際、想像上のオーケストラなど見たことがない。

つまり、同姓同名であることを利用して、大佐に釈放を決められるときには実は、アレクサンドルはイワノフとして、イワノフはアレクサンドルとして解放されたのではないのか。

 

 

 

     オーケストラの存在

ミュージカルではなく、コンサートでもないのにオーケストラピットではなくて舞台上にいるオーケストラ。

私は観劇するまでオーケストラは常にイワノフの脳内表現に使われると思っていたがそんなことはなかった。

オーケストラは場面ごとに、「イワノフの妄想の中のオーケストラ」と「イワノフには見えないオーケストラ」と「単に効果音やバックミュージックとしての演奏」の三種類があった。例えば医師がバイオリニストとして演奏をする曲は、実際に客にも見えるオーケストラ(=国家?)

バックミュージックとイワノフの妄想の区別は難しいところだけど、たまに「いやー、これはイワノフのオーケストラじゃないな」と感じる場面がある。

オーケストラで演奏することは、全体のバランスを考え、指揮者の様子を伺い、楽譜に忠実に従うことだ。それは完全に「支配」という状況に当てはまる。

ではイワノフの率いるオーケストラはどうか?彼は自分のオーケストラの演奏に満足していない。「新しいオーケストラを雇おうと本気で思っている」のだからそうであろう。また、オーケストラが「言うことをきかない」ことを憂いているところを考えれば、イワノフはたしかにオーケストラを「支配したい」と考えていることになる。その思想はアレクサンドルの思想と対立するものではないのか…そして大佐の勘違いから、そんなイワノフを釈放し得る返答をしてしまったことは何という皮肉。

作品について考えれば考えるほど、皮肉がたっぷりの一本だと言うことがわかる。

 

 

 

 

 

なるほどわからん

 

 

 

 

 

 

難しい。難しいのに後味はさほど悪くないのがすごいんだよなー!

 


見れば見るほど解釈が生まれるので、もうどうしようもないのだけれど、調べていくうちにアレクサンドル・イワノフという名前は日本でいう山田太郎とか鈴木花子みたいな、ありふれた名前であることがわかった。

 


現代の、自由になったように見えて逆に、不特定多数の人と繋がりを持てるからこそ出来上がった強い監視網のある世の中において、誰しもがオーケストラの一員であり、少しでも反抗したら、又は世間から「はみ出し者」のレッテルを貼られる。

私たちはいわばサーシャであり、いつでも他の5人の登場人物になる可能性があるのではないか。

 

 

 

 


自分の正義とはなんなのか。正義を貫くことは善か悪か。

善を働くことで「良い子」になれるのか。

今一度、考えたいと思う。